実況中継 M2101

実況中継



チクセントミハイの研究では、心がかき乱されていたり、漫然と時間を過ごしている状態を心のエントロピー(心のカオス)ととらえ、その逆の状態をフロー体験としています。「フロー」とは人が幸福になることであり、「流れているような感覚」に由来し、命名したもので、その内容は「ひとつの活動に深く没入しているので他の何者も問題とならなくなる状態、 その経験それ自体が非常に楽しいため、純粋にそれをすることのために時間や労力を費やすような状態」と定義されています。


そのためには自我のネガティブな意識が邪魔になります。心がかき乱
されていたり、無秩序な意識も妨げになります。ですから、現代人の多くの人は、心のエントロピー(心のカオス)状態=無秩序にあり、子供から大人までフローの常態や、幸福になる機会が極めて少ないのです。フロー実現の方向性は意識を無秩序な状態から秩序ある状態に
移行させることです。

 
良き流れに切り替わることやフローの流れに乗ること、そして、命中の極意は、野球ばかりでなく、人間活動のどんな分野にも応用できます。あなたも、ここ一番という時に、持てる能力の最大限を発揮できるためにも、幸福になるためにも、このフローの流れに乗るパワーや命中の奥義を修得して下さい。

 

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それでは、2009年3月に時間をタイムスリップします。第2回のWBC優勝決定戦で、延長10回表、2アウト、ランナー2塁・3塁、この最後の最後の土壇場で、イチロー選手は、日本はもちろん、世界が注目する中で、センター前に、起死回生のヒットを打ってくれましたまさしく、みごとに命中した、起死回生の奇跡の一打でした。試合後のインタビューで、イチロー選手は、あの起死回生の奇跡の一打について質問されると。「・・・やっぱり、神が降りてきましたね、・・・自分の中で、なんか実況中継しながら打席に入っていって・・・・一つ壁を
越えたような気がしました。・・・・」と、インタビューに応え、今までのイチロー選手らしくない、いくつかの言葉が印象に残りました。

 
「神が降りる」、「実況中継」、「一つ壁を越える」、と、彼の口から出てきたこれらの言葉に“照れる”様子もなく、あまりにも自然で、素直さが伝わったので、印象が深かったのです。第2回のWBCの大会を通じて、イチロー選手にとっては考えられないような、どん底のスランプ状態にあり、それこそ、人生初の大スランプの中での地獄の苦しみと想像を絶する重圧の渦中だったのです。

 
第一回のWBCでの活躍、大リークでの輝かしい成績、そのために、
日本のファンからの過剰なまでの期待、それらを含めて彼が、いかなる状態であっても活躍することは当たり前であることを一番良く知っていたので不振が続くと、なおさらプレッシャーがかかり、歯車がますますかみ合わなくなり、人生最大のスランプに陥り、別人のように、全く打てなくなっていたのです。

 
過去のマイナスの記憶の奴隷になってしまい、心も凍りついた状態で、体の動きも心に縛られて本来のイチロー選手では無くなっていたのです。あの時の最悪の低迷の流れからは、想像もできないほどの、本当に、満に一つも有り得ないような奇跡の一打だったのです。彼の最後の打席は、それこそ、神に導かれるような会心の一打となったのです。

 
神が降りた!という言葉通り、あの一打は、まるで弓の名人が暗闇の中で目隠しをして、遠くの的に百発百中!命中するほどの奇跡の神業のようにも思われました。それでは、彼はどうして、過去のマイナスの記憶の奴隷から、つまり、マイナスの渦巻きから逃れることができたのか、失敗続きの絶望の流れを切り替えることができたのか?この奇跡を招いた一連の流れをもう少し深く分析してみると、彼はこの大会では調子が悪く、悩みだらけの苦渋の連続だったので、それこそ、どん底のスランプ状態にあり、地獄の苦しみと想像を絶する重圧ですから、彼の心の中ではマイナスの渦巻きが勢い良く、ぐるぐると回っていたのです。

 
彼の心は、マイナスの渦巻きのスパイラルに巻き込まれて、その渦におぼれてしまい、抜け出せない状態だったのです。今までの経験から、何かのきっかけを作り、それを機に浮上しょう!と、何度も何度も試みても今回のWBCでは、ことごとく失敗になって、何度も絶望の結果になっていたのです。彼は、左脳の過去の記憶の支配下にあり、いつものイチロー選手の前向きで、優れている右脳のイメージ力が蔭を潜めていたのです。

 
幸運にも最後の最後に、世界中の眼が最も注目しているもう後がない
最後の土壇場に、何らかの力が働き、まるで、神のささやきでもあったかのように、彼は「実況中継」という行動に導かれたのです。ギリギリの精神状態の中で、何かが弾けたように、この「実況中継」という行動に駆り立てられたのです。「そういう時は、結果は出ないんですけど・・・」と、彼自身もこの「実況中継」については、否定的な考えを持っていたようです。

 
その後すぐに否定から肯定に変わり、「一つ壁を越えたような気が
しましたね。」という言葉になりましたので、これこそが正解だった!という意味がインタビューの内容からもわかります。今までの自分から一歩も二歩も進化した自分に生まれ変わる心の切り替えができたのです。彼は、そのとき以来、自分の心を秩序立て、右脳が進化した形の活用のパターンを会得できたのです。

 
この「実況中継」とは、自分を第三者の目で冷静にイメージとして
客観視する傍観でもあり、仏教の内観でもあり、瞑想の一種でもありますから、かき乱された心を制御し、秩序を整えて、自然に左脳から右脳への転換を促すことになったのです。さすがに、天才が苦しみぬいた後に与えられたヒラメキです。イチロー選手はそれを神が降りた!と、素直に表現したのです。人間は右脳の支配になると気持ちが穏やかになり、小さなことにはこだわらなくなり、考えが前向きになります。

 
そして、メビウスの輪のように、左脳と右脳のバランスが取れるとき、本当に「神が降りてくる」様な神がかり的な感覚になり、心は穏やかになり、肉体には無限のパワーが宿ります。時間は止まったようになり、目の前の場面がスローモーションに見えてきて、どんなことでもできるような気持ちになります。この状態が典型的なフローの状態なのです。