関心を持てば物質化 M601’

関心を持てば物質化




白隠禅師は500年に一人の天才僧と言われました。それは、「内観の四則」や丹田呼吸、そして、軟酥(なんそ)の法により、全人類が共有する意識の源につながっていたことになります。つまり、白隠禅師は、「天才」の領域に属している巨大なデータベースに、いつでもアクセスしていたのです。

 
ホーキンズ博士の説明からも、そのことがわかります。白隠禅師は、若い頃は禅の修業で、つまり禅問答で、ノイローゼになり、結核のような症状も併発しました。ですから、若い白隠さんにとっての禅問答は非常に難しいハードルだったのです。それが、 「内観の四則」丹田呼吸、そして、軟酥(なんそ)の法などを実践してかは、病気も治り、難しい禅問答の考案もすらすらできるようになった!ということです。

 
禅問答では良く仏性(ぶっしょう)という言葉が使われます。仏性(ぶっしょう)とは、誰にも宿る「本来の自己」、人間ばかりか森羅万象のすべてのものに仏性があり、自覚をすれば仏性があり、自覚をしなければない!というのです。


まるで、量子力学においての、素粒子の様なもので、関心を寄せれば、粒子になり、関心を寄せなければ、波のままで、この次元から消えてないのです。関心を持てば物質化するのですから、関心を持つことが大切です。

  
仏性(ぶっしょう)が現れれば、今までの常識を捨てて、次元を超えた柔軟な考えになり、一元的な意識の領域に入ることができるのです。仏教では、この仏性を開発し自由自在に発揮することで、煩悩が残された状態であっても、全ての苦しみに煩わされることなく、また他の衆生の苦しみをも救っていける境涯を開くことができるとされるのです。

 
この仏性が顕現し有効に活用されている状態を成仏と呼び、仏法修行の究極の目的とされています。禅問答でも、仏性(ぶっしょう)のある事を自覚するための問答になり、決まった正解はないのです。例えば、白隠さんが創案した禅問答の代表的な公案のひとつに、隻手の声(せきしゅのこえ)=隻手音声(せきしゅおんじょう)というのがあります。

 
白隠さんが修行者たちを前にして、問いました。「隻手の声あり、その声を聞け」(意:両手を打ち合わせると音がする。では片手ではどんな音がしたのか)と。両手で手を叩けば、音が出ます。しかし片手では音も無く、耳で聞くことが出来ません。現代人ならそんな馬鹿な事を聞くな!と、なります。

 
片手の音声を聞けというのは、常識的な分別や、それまで当然と思っていた思慮や感覚などを根本から疑わせて、それまでの人生の中で、とらわれていた一切の観念を崩し去るものです。何ヶ月も、何年間も、寝ても覚めても、、この「隻手音声」と取り組むことで、理屈や言葉でも、どんな方便を用いても言い表せないものと対峙することになるのです。

 
その対峙の中から、仏性(ぶっしょう)が現れ、忽然(こつぜん)と
して生死のこだわりから自由になり、迷いや欲望にさいなまされている自我から離れることができると白隠さんは断言するのです。これまでの思考や想念や感覚を拭い去って、本来の仏性(ぶっしょう)である無心の心を捉えることであり、その心を体得することである!禅問答とは究極の問いかけですね。
 
 
ホーキンズ博士の説明している、この「天才」の領域に属している巨大なデータベースは、アカシックレコード=虚空蔵のことですから、空海もこの領域にアクセスしていた天才だったのです。

  
白隠さんの「内観の四則」---------------------------------

  
我が此の気海丹田、腰脚足心、総に是れ我が本来の面目、面目何の鼻孔かある。

 
我が此の気海丹田、総に是れ我が本文の家郷、家郷何の消息かある。

 
我が此の気海丹田、総に是れ我が唯心の浄土、浄土何の荘厳かある。

 
我が此の気海丹田、総に是れ我が己身の弥陀、弥陀何の法をか説く。

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「わが気海丹田、腰脚足心にこそ真の自己が宿っているのだ。同様に、この気海丹田こそ、なつかしい故郷であり、また阿弥陀如来の宿る領域なのである。それどころか、この気海丹田、腰脚足心そのものが心の浄土なのである」と、内観の四則は、現代の言葉に訳すことができます。

 
私達も禅問答までは行きませんが、天才になる核心になる言葉を、毎日、2〜3ヶ月間、自問自答してみて下さい。

 
「本来の面目」とは?

 
「本文の家郷」とは?

 
「唯心の浄土」とは?

 
「己身の弥陀」とは?

 
はじめは一つから、「本来の面目」とは?から初めて下さい。「ほんらいのめんもく」と読みます。 三次元の「めんぼく」とは違います。高次の自我の「めんもく」です。

 
ホーキンズ博士は、新しく発見するのではなく、忘れている本来の自己を思い出しさえすればいいのです。と、説明されています。人間は自分の本質の中に自分自身を救済するパワーを持っている!とも書いておりますので、・「本来の面目」とは?の自問自答を、折につけてしてみて下さい。



アカシック判定

人類の共通無意識=無限の叡智=アカシック・レコードにアクセスすることになるので、このテストの事を、「アカシック・テスト」又は「アカシック判定」意識レベルを高めれば、誰でも100%の精度で判定することができます。

アカシック