『鏡の法則』第2回 M521

鏡の法則』第2回


A子にとって救いなのは、「形だけでいい」ということだった。「謝る」ということについては、気持ちがともなわない。「悪いのは父親の方だ」という思いがあるから、自分が謝るのは筋違いだと思う。だけど、書き留めた文章を棒読みするくらいならできそうだ。それならば、やってみた方がいいに決まっている、と思えた。


A子は「電話をかけよう」という気になってきた。そして、電話をかけようとしている自分が、不思議だった。こんなきっかけでもなかったら、A子が父親と電話で話すということは、一生なかったかもしれない。結婚して間もないころは、実家に電話をして父が電話に出たときは、すぐさま「私だけど、お母さんにかわって」と言っていた。


しかし今は、「私だけど」と言っただけで、父の「おーい、A子から電話だぞ」と母を呼ぶ声がする。父も「A子から自分に用事があるはずない」ということわかっているのだ。しかし、今日は電話で父と話すのだ。「躊躇していたら、ますます電話をかけにくくなる」と思ったA子は、意を決してすぐに電話をかけた。話に出たのは、母だった。


A子 「私だけど」


母 「あら、A子じゃない。元気にしてる?」


A子 「うん、まあね。・・・ねえお母さん、お父さんいる?」


母 「えっ?お父さん?あなたお父さんに用なの?」


A子 「う、うん。ちょっとね。」


母 「まあ、それは珍しいことね。ねえ、お父さんに何の用なの?」


A子 「えっ?えーと、ちょっと変な話なんだけど説明するとややこしいから、お父さんにかわってくれる?」


母 「わかった、ちょっと待ってね。」


父が出てくるまでの数秒間、A子の緊張は極度に高まった。ずっと父のことを嫌ってきた。父に心を開くことを拒んできた。その父に、感謝の言葉を伝え、あやまるのだ。ふつうに考えて、できっこない。しかし、息子のことで悩みぬいたA子にとって、その悩みが深刻であるがゆえに、ふつうだったらできそうにない行動を取っているのだった。もしも、その悩みから解放される可能性があるなら、わらにもすがりたいし、どんなことでもする。その思いが、A子を今回の行動に向かわせたのだ。


父  「な、なんだ? わしに用事か?」


A子は、自分では何を言っているかわからないくらいパニック
しながら話し始めた。


A子 「あっ、あのー、私、今まで言わなかったんだけど、言っといたほうがいいかなーと思って電話したんだけど、・・・えーと、お父さん、現場の仕事けっこう大変だったと思うのよ。お父さんが頑張って働いてくれて、私も育ててもらったわけだし。あのー、私が子どものころ、公園とかも連れて行ってくれたじゃない。なんていうか、『ありがたい』っていうか、感謝みたいなこと言ったことないと思うのよ。それで、一度ちゃんと言っておきたいなと思って、・・・。それから私、心の中で、けっこうお父さんに反発してたし、それもあやまりたいなと思ったの。」ちゃんと「ありがとう」とは言えなかったし、「ごめんなさい」とも言えなかった。


だけど、言うべきことは一応伝えた。父の言葉を聞いたら、早く電話を切ろう。そう思った。 しかし、父から言葉が返ってこない。何か一言でも言ってくれないと、電話が切れないじゃない』そう思った時に、受話器から聞こえてきたのは、母の声だった。


母「A子!あなた、お父さんに何を言ったの?」


A子「えっ?」


母 「お父さん、泣き崩れてるじゃないの!何かひどいこと言ったんでしょ!」


受話器から、父が嗚咽する声が聞こえてきた。A子はショックで呆然とした。生まれて以来、父が泣く声を一度も聞いたことはなかった。父はそんな強い存在だった。その父のむせび泣く声が聞こえてくる。自分が形ばかりの感謝を伝えたことで、あの強かった父が嗚咽しているのだ。


父が泣く声を聞いていて、A子の目からも涙があふれてきた。父は私のことをもっともっと愛したかったんだ。親子らしい会話もたくさんしたかったに違いない。だけど私はずっと、父の愛を拒否してきた。父は寂しかったんだ。仕事でどんなに辛いことがあっても耐えていた強い父が、今、泣き崩れている。娘に愛が伝わらなかったことが、そんなに辛いことだったんだ。


A子の涙も嗚咽へと変わっていった。しばらくして、また母の声。


母 「A子!もう落ち着いた?説明してくれる?」


A子 「お母さん、もう一度、お父さんにかわってくれる?」父が電話に出る。


父 「(涙声で)A子、すまなかった。わしは、いい父親じゃなかった。お前にはいっぱいイヤな思いをさせた。うっ、うっ、うっ、(ふたたび嗚咽)


A子 「お父さん。ごめんなさい。私こそ悪い娘でごめんなさい。そして、私を育ててくれてありがとう。うっ、うっ、うっ(ふたたび嗚咽)」少し間をおいて、再び母の声。


母 「何が起きたの?また、落ち着いたら説明してね。一旦、電話切るよ。」


A子は、電話を切ってからも、しばらく呆然としていた。20年以上もの間、父を嫌ってきた。ずっと父を許せなかった。自分だけが被害者だと思っていた。自分は父の一面だけにとらわれて、別の面に目を向けようとはしなかった。父の愛、父の弱さ、父の不器用さ、・・・これらが見えていなかった。父はどれだけ辛い思いをしてきたんだろう。自分は父に、どれだけ辛い思いをさせてきたんだろう。いろいろな思いが巡った。


「まずは、形から入ればOKです。気持ちは、ついてきますから。」と
言ったB氏の言葉の意味が、ようやく分かりかけてきた。「あと1時間くらいで、○○○(息子)が帰ってくるな」そう思った時に、電話が鳴った。出てみるとB氏であった。


B氏 「どーも、Bです。今、40〜50分くらい時間ができたので電話しました。さっきは、次の予定が入ってたので、お話の途中で電話を切ったような気がしまして。」


A子 「実は私、父に電話したんです。電話して本当によかったです。
ありがとうございました。Bさんのおかげです。」


A子は、父とどんな話をしたかを簡単に説明した。


B氏 「そうでしたか。勇気を持って行動されて、よかったですね。」


A子 「私にとって、息子がいじめられてることが最大の問題だと思っていましたが、長年父を許していなかったことの方が、よほど大きな問題だったという気がします。息子の問題のおかげで父と和解できたんだと思うと、息子の問題があってよかったのかな、という気すらします。」


B氏 「息子さんについてのお悩みを、そこまで前向きにえることができるようになったんですね。潜在意識の法則というのがありましてね、それを学ぶと次のようなことがわかるんです。実は、人生で起こるどんな問題も、何か大切なことを気づかせてくれるために起こるんです。つまり偶然起こるのではなくて、起こるべくして必然的に起こんです。いうことは、自分に解決できない問題は決して起こらないのです。


起きる問題は、すべて自分が解決できるから起きるのであり、向きで愛のある取り組みさえすれば、後で必ず『あの問題がきてよかった。そのおかげで・・・』と言えるような恩恵をもたらすのです。」


A子 「そうなんですね。ただ、息子の問題自体は何も解決していないので、それを思うと不安になります。」


B氏 「息子さんのことは、まったく未解決なままだと思っておられるんですね。もしかしたら、解決に向けて大きく前進されたのかもしれませんよ。心の世界はつながっていますからね。原因を解決すれば、結果は変わるしかないのです。」


A子 「本当に息子の問題は解決するんでしょうか?」


B氏 「それは、あなた次第だと思いますよ。さて、ここで少し整理してみましょうか。


あなたにとって、息子さんのことで一番辛いのは、息子さんが心を開いてくれないことでしたね。親として、何もしてやれないことが情けなくて辛いとおっしゃいましたね。その辛さをこれ以上味わいたくないと。」


A子 「はい、そうです。いじめられてることを相談もしてくれない。私は力になりたいのに、『ほっといて!』って拒否されてしまう。無力感を感じます。子どもの寂しさが分かるだけに、親として、何もしてやれないほど辛いことはありません。」


B氏 「本当に辛いことでしょうね。ところで、その辛さは、誰が味わっていた辛さなのか、もうお解かりですよね。」


A子 「えっ?誰がって・・・(しばらく沈黙)」その時、A子の脳裏に父の顔が浮かんだ。そうか!


この耐えがたい辛さは、長年父が味わい続けたであろう辛さだ。娘が心を開いてくれない辛さ。娘から拒否される辛さ。親として何もしてやれない辛さ。私の辛さといっしょだ。この辛さを、父は20年以上も味わい続けたのか。


A子のほほを涙が伝った。


A子 「わかりました。私は、私の父と同じ辛さを味わっていたんですね。 こんなに辛かったんですね。父が嗚咽したのも分かります。」


B氏 「人生で起こる問題は、私たちに大事なことを気づかせるべく起こるんです。」


子 「あらためて父の辛さが解かりました。息子のおかげで、解かることができたんだと思います。息子が私に心を開いてくれなかったおかげで。」


B氏 「息子さんもお父様もあなたも、心の底ではつながってます。お父様に対するあなたのスタンスを、あなたにして息子さんが演じてくれたのです。そのおかげで、あなたは気づくことができた。」


A子 「息子にも感謝したいです。『大事なことに気づかせてくれて、ありがとう』って気持ちです。今まで、『どうしてお母さんに話してくれないの?』って心の中で息子を責めていました。」


B氏 「今なら、息子さんの気持ちも理解できますか?」


A子 「そうか!私が子どものころ、口うるさい父がイヤでした。いろいろ口出ししてきたりするのがイヤでした。今考えてみれば、それも父の愛情からだったんでしょうが、当時は負担でしたね。今、息子も同じ思いなんだと思います。私の押し付けがましい愛情が負担なんだと思います。」


B氏 「あなたが子どものころ、本当はお父さんに、どんな親でいてほしかったんでしょうね?」


A子 「私を信頼してほしかった。


『A子なら大丈夫!』って信頼してほしかったです。・・・(しばらく沈黙)。私、息子を信頼していなかったと思います。『私が手助けしないと、この子は問題を解決できない』と思っていました。それで、あれこれ問いただしたり、説教したり、・・・。もっと息子を信頼してあげたいです。」


B氏 「あなたは、お父様の辛さも理解し、息子さんの辛さも理解されましたね。では次に、ご主人とのことに移りましょう。朝お電話をいただいた時に、『あなたの大切な息子さんが人から責められてしまう原因は、あなたが身近な誰かを責めてしまっていることです』とお話したのを覚えていますか?」


A子 「はい、覚えています。主人を尊敬できないという話をしました。」


B氏 「ではもう一度、ご主人に対してどんなふうに感じておられるか、話してもらえますか?」


A子 「どうしても、主人に対して、『教養のない人』とか『思慮の浅い人』というふうに見てしまうんです。息子のことにしても、私がこれだけ悩んでるのに、根拠なく楽観的なんです。それで主人に対しては、グチこそはぶつけますが、ちゃんと相談したりすることはありません。主人がアドバイスなどしてきても受け付けられないんです。」ここまで話しながらA子は、自分の夫に対するスタンスが、父親に対して取ってきたスタンスに似ていることに気がついた。


A子 「私が父に対して取ってきたスタンスと似てますね。」