右脳の超能力が開花 M4421

 右脳の超能力が開花


 
さて、 能望の実践を始めて、2〜3ヶ月の人から質問のメールを頂きました。


初めまして、2か月前に能望のCDや幸せの和、他のCDなどを購入させていただいた○○○○と申します。能望は先生のCDに合わせながら、高速で唱えることができるようになってきました。


唱え始めたころは大きな変化はないけど良い方に向かっているのかなという感じで精神が安定していました。家族には内緒でやっています(生後11か月の娘の前では唱えていますが)


最近になってからのことですが、能望を唱えるのを心が否定しているような感じになります。上手く説明できないのですが、心が鬱っぽくなるというか、自分でコントロールできないような怒りや恨み、不安などの
感情が湧き上がってくる感じで能望を始め たころに比べると不調です。


先日の感情をクリアにすることや赦すこと、感謝の気持ちを持つことの大切さについて書かれてい ましたよね。私はこれまで37年間生きてきて、自分の中では色々片付いている(気持ちなど)つもりでいましたがたぶん自分がそう思おうとしているだけで何も解決していな いのではないかと思いました。


これまで関わってきた人たちへの感情をクリアにしたい、自分の中を洗い流してしまいたい気持ちでいっぱいです。能望を唱えるのは少し圧迫感みたいなものがあるけどこのままやり続けたほうがいいのでしょうか。これからも先生のご活躍を心よりお祈りいたします。

 
メールありがとうございました。


>最近になってからのことですが、能望を唱えるのを心が
>否定しているような感じになります。

 
ちょうど、この頃に最初の壁があります。潜在意識が自分の意に反して否定してくるのです。この潜在意識は、第七識のマナ識です。マナ識は、自分のことを優先する執着する心で、深層エゴイズムとも言われて
いますから、能望の実践で浄化されるのを拒んでくるのです。

 
潜在意識(第七識のマナ識)のプログラムが浄化されてしまうと、自分の立場がなくなるので、あなたに色々な方法で妨害してくるのです。


>上手く説明できないのですが、心が鬱っぽくなるというか、
>自分でコントロールできないような怒りや恨み、不安などの
>感情が湧き上がってくる感じで能望を始め たころに
>比べると不調です。


そうです。大勢の人達が体験していますから、良くわかります。潜在意識が浄化されてクリアな状態になる!ということは、自我やエゴがなくなり、純真な状態になることです。これは、本来の自己に戻るということですから、感謝や愛の気持ちが素直に出てくる!ということです。

 
エゴの塊の自分勝手な第七識のマナ識には許されないことです。ですから、それを阻止するために抵抗しているのです。マナ識は、正当な理由をつけて、あなたの耳元でささやき、説得してきます。「もうそんな馬鹿げたことは、よしなさい!」と、ささやきかけるのです。

 
能力開発のどんな高価なプログラムに取り組んでも、このような潜在意識の妨害はありません。西洋式の能力開発には、マナ識を浄化するレベルまで至らずマナ識が安心していられるから、妨害をしてこないのです。 能望の実践は、何よりも効果的であることがわかります。

 
そして、あなたがこの段階まできているのは進化している証でもあります。正しい方法で実践して進歩してることがわかります。


>私はこれまで37年間生きてきて、自分の中では色々片付い
>ている(気持ちなど)つもりでいましたがたぶん自分がそう
>思おうとしているだけで何も解決していな いのではないかと
>思いました。


これはあなたの思考ではなく、自分のことしか考えていないマナ識が、あなたに能望の挫折を強いているのです。ほとんどの人は、この段階で挫折します。


>これまで関わってきた人たちへの感情をクリアにしたい、
>自分の中を洗い流してしまいたい気持ちでいっぱいです。


本当に感情をクリアするためにも、挫折から逃れるためにも、感謝の気持ちを深めたり、今まで関わってきた人達に感謝して、この人達の幸せや成功を心から願うのです。感謝を深めることは本来の自己が宿る善なる道に通じます。マナ識の抵抗も及びません。


>能望を唱えるのは少し圧迫感みたいなものがあるけど
>このままやり続けたほうがいいのでしょうか。


強制はできませんが、能望の実践を始めて、ちょうど2〜3ヶ月目に多くの皆様が同じようなスランプに陥ります。第七識のマナ識は、あの手この手できますから、そのことを意識するだけでも違ってきます。先日も書きましたが、唱えるときに、初めからワクワクしながら、無になって「フローの状態」で取り組む人がおりました。

 
この心の状態で能望を唱えられたら、それこそ潜在意識は、お手上げの状態で、何の抵抗もできません。この様な最良の取り組み姿勢を阻止するために、潜在意識(第七識のマナ識)は、気が進まない状態にしているようにも思われます。解答になっていたら、参考にして下さい。


さて、能望の実践の取り組み姿勢で思い出しました。最近、『弁栄上人伝聞記』を送っていただき、弁栄上人(べんねいしょうにん)のことを紹介しました。彼は、千年に一人の人物と讃えられた非常に優れたお坊さんでした。

 
このお坊さんの奇跡の数々は、求聞持法=能望の実践が、その原動力の一つであることもわかりました。このお坊さんの宗派は浄土宗ですから、違う宗派の真言に、つまり、求聞持法=能望の実践に取り組むことは考えられないことです。けれども、彼は、喜び勇んで、ワクワクしながら求聞持法=能望の実践100万遍を達成されたのです。ですからその効果は絶大だったのです。

 
彼は、宗派に囚われずに、強い使命感がありましたので、あらゆる経典を読破して、読経の取り組みも神がかっていたのです。空海も、白隠禅師も同じく宗派には拘らずに超越していました。意識レベルが高まると宗教を超越します。
 
 
弁栄上人の言葉に---------------------------

 
人を殺す罪は非常に重い、中でも父母を殺し出家を殺す罪が最も重いとされている、しかし、それよりも一層重い罪がある。それは如来からいただいている己が霊性を殺すことである。というのがあります。「如来からいただいている己が霊性」とは、「本来の自己」のことであり、『大いなる自己』のことです。

 
現代人のほとんどは、「本来の自己」を生かすことも知らず、気付かないままに殺しているので、弁栄上人から言わせれば、何よりも一層重い罪を犯していることになります。弁栄上人は、無明の世界から光明の世界へ導く如来の教えを普及するために、この世に生まれてきたとも言われています。仏教の神髄は、本来の自己の発見にあり、真の自分を発見して、多くの人に悟ってもらいたい!というのが釈迦の願いです。

 
そして、釈迦が教え切れなかった部分を弁栄上人が教える役目を果たすために、生まれてきたそうですから、彼は聖人の様な人物なのです。ですから、求聞持法=能望の実践に取り組む時も「如来からいただいている己が霊性」を生かすために、最高の心構えで、それこそ、フローの状態で、夢中になって唱えたことと思われます。


船井さんのブログから--------------------


私と親しい七田眞さんから右脳が覚醒していた名人として、よく山崎弁栄上人(1859年−1920年)のことを聞かされていました。弁栄上人はぶ厚い辞典を左手で持ち、右手でページをはじいただけで、その内容のことを完全に分った人らしいのです。

 
その辞典中に書かれていることならどのような質問をしても、すらすらと正しく答えたというのです。これは七田先生から聞いたことですが、それは毎日お経を音読することによって右脳が開発できるようだ・・・という七田理論につながります。


ところで、最近天才的数学者と言われた岡 潔(おか きよし)さん
(奈良女子大教授だった人で、湯川秀樹さんとともに「京大の生んだ
二人の天才の一人」といわれた人)の『日本の教育への提言』(岡 潔研究所刊)を読みました。その中に弁栄上人の上記の能力のことが、やはり取りあげられていました。


>これは七田先生から聞いたことですが、それは毎日お経を
>音読することによって右脳が開発できるようだ。

 
ワクワクしながら最高の心構えで、フローの状態で、夢中になって唱えることが、弁栄上人のような右脳の超能力が開花することだと確信が深まりました。