第三の目 M5421
第三の目
能望と降龍のどちらに専念すればいいのか?
質問のメールより-------------------------------
いつも、深い内容配信していただいて、勉強になりありがとうございます。毎日の楽しみであり、来ないと寂しくなってしまう時もあります。
そんな時は、バックナンバーの今一番関心のあるものを読み返したりしています。
さて、最近、能望についてのお話になっておりますが、私は時間もあまり取れないので、能望は外出時に歩いてる時くらいで、降龍を主体にしてやっております。
始めて、二年近くになりますが、最近、やっている最中はお腹が温かくなり、ゴロゴロ鳴って便通も良くなってきました。まだまだネガティブな気分はありますが、前向きになりつつあります。
それでもまだまだ意志が弱く、読んで、やはり能望を本格的にやって潜在意識を浄化しなければ降龍単体ではダメなのかと悩むことがあります。
能望、降龍と二つを毎日続けるのが理想ですが、どちらかに専念したほうが良いと思うのですが、このまま降龍のみを続けるのでよいか悩んでいます。二年続けて、情けない話ではありますがよろしかったら、ご教示下さい。失礼いたします。 ○○○○
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額の中央は、第三の目と呼ばれているところで、松果体や脳下垂体をつかさどるエネルギーを持つ、第六チャクラでもあります。チャクラは宇宙の次元と、現実世界との出入り口であり、エネルギー変換所のゲートでもあります。
身体の、主要な生命エネルギーの中枢であり、それぞれのチャクラが身体の中の内分泌系と対応して、微細な生命エネルギー=氣の流れをコントロールしています。このチャクラは以前、紹介しました。
第六のチャクラが開くと次のような効果があります。
光りが見えるようになり、至福感に包まれる。
心身が健康になる、人の健康にも貢献できる。
潜在能力が開花する。
豊かで、愛にあふれた人間になる。
人間関係、仕事が順調になる。
仏像の額の眉間(みけん)には白毫(びゃくごう)がありますが、ここは、第六チャクラでもあり、第三の目と言われているところでもあります。(ウィキペディアより)
白毫(びゃくごう)は、仏(如来)の眉間のやや上に生えていると
される白く長い毛。右巻きに丸まっており、伸ばすと1丈5尺(約4.5メートル)あるとされる。眉間白毫とも。光を放ち世界を照らすとされる。
『法華経』序品には、仏(ガウタマ・シッダールタ)が無量義処三昧の瞑想に入ったとき、白毫が光を放ち東方一万八千世界を照らし出すというシーンが描かれている。白毫の位置は、インド哲学における第六チャクラのアージニャーである。シヴァ神などいくつかのヒンドゥー教の神はその位置に第3の目を持つ。
第三の目は、中医学のツボ名では、天目(てんもく)と言います。読んで字のごとく天から地上までのすべてを見通す目という意味になります。天目は第六感とも言われています。先日、素晴らしい名前です。と、紹介した人の名がこの名前と同じでしたので、驚きました。
第三の目を開く方法は、この部分に意識を持っていく方法もありますが、降龍で涅槃寂静まで意識をしずめて、さらに、10のマイナス33乗cmにある宇宙の種にまで至ることをイメージするだけで、第三の目の開花にもつながります。
>能望、降龍と二つを毎日続けるのが理想ですが、どちらかに
>専念したほうが良いと思うのですが、このまま降龍のみを
>続けるのでよいか悩んでいます。
どちらかでもOKです。ただし、一心不乱に、フローの状態で夢中になって取り組んで下さいね。道は必ず開けます。