『鏡の法則』 第三回 M2521

鏡の法則』 第三回


B氏「そうなんです。女性の場合、父親に対してとってきたスタンスが、ご主人に対してのスタンスに投影されることが多いんです。ところで、お聞きしていると、ご主人は息子さんのことを信頼されているようですね。」


A子「あっ、そうですね!そうか、主人のそういうところを見習うべきだったんですね。息子は主人に対しては、けっこう本音を言っているみたいなんです。息子は信頼されてると思うから、主人には心を開くんですね。私は主人のよいところをまったく見ていませんでした。」


B氏「なるほど、そんなことを感じられたんですね。さて、では宿題を差し上げます。やるかどうかは自分で決めてくださいね。今日の午後、『父に感謝できること』と『父に謝りたいこと』という2種類の紙を作ってもらいましたよね。その紙に、お父様に感謝できることと謝りたいことを、書き出せるだけ書き出して下さい。紙は何枚使ってもOKです。それが終わったら、もう一つ紙を用意してください。その紙のタイトルは、『父に対して、どのような考え方で接したらよかったのか?』です。これは過去のお父様との関係を後悔するために書くのではありません。これからのご主人との接し方のヒントが見つかるはずです。そしてもう一つ、息子さんが夜眠られたら、息子さんの寝顔を見ながら心の中で息子さんに『ありがとう』を100回ささやきかけてください。どうですか、やってみたいですか」


A子「はい、必ずやってみます。」


電話を切って間もなく、息子が帰ってきた。息子はランドセルを玄関に投げると、いつものようにグローブとボールを持って、公園に行った。『昨日、友達に追い出されたというのに、この子は、また公園に行くの?』


A子の心は心配な気持ちでいっぱいになった。A子は、その心配な気持ちをまぎらわすように、宿題に取りかかった。父に対して感謝できることがたくさん思い浮かんだ。現場監督のきつい仕事を続けて、家族を養ってくれた。私が子どものころ、夜中に高熱を出したことが何度かあったが、その都度、車で救急病院まで連れて行ってくれた。(肉体労働をしていた父にとって、夜中はしんどかったはず)私が子どものころ、よく海や川に連れて行ってくれて、泳ぎを教えてくれた。子どものころ私はメロンが好きだったが、毎年の私の誕生日には、メロンを買って帰って来てくれた。子どものころ近所のいじめっ子にいじめられていたことがあったが、その子の家に抗議しに行ってくれた。私は私立大学に入ったが、文句を言わず学費を出してくれた。(当時のわが家にとって、大きな負担だったはず)私の就職先が決まった時に、寿司を出前で取ってくれた。(とても豪華な寿司だった。その時私は「寿司は好きじゃない」と言って食べなかった。父はしょんぼりしていた)嫁入り道具に、高価な桐のタンスを買ってくれた。


「感謝したいこと」に連鎖して「謝りたいこと」も浮かんできた。「感謝したいこと」と「謝りたいこと」を書きながら、涙が浮かんできた。「私は、こんなにも愛されていた。反発する私を、愛し続けてくれていたんだ。許せないという思いにとらわれていたから、その愛に気づかなかったんだ。そして、こんなにも愛してもらいながら、私は父に何もしてあげてない。親孝行らしいこともほとんどしていない。」自分が父親の仕事を尊敬していなかったことにも気づいた。父親の現場監督の仕事に対して、「品がない」とか「知的でない」とか思っていた。父親が仕事を頑張り続けてくれたおかげで、自分は大学まで行かせてもらえたのに。


そのことを初めて気づいた。


父親の仕事に対して、尊敬心と感謝を感じた。そして今、自分の夫の仕事に対して、「知的でない」というイメージを持っている。自分の夫に対する「教養がない」という嫌悪感をともなうイメージは、父に対して持っていたイメージとそっくりである。自分は、夫に対しても感謝できることがたくさんあるはずだ。そんなことを考えながら、続いて、「父に対して、どのような考え方で接したらよかったのか?」というタイトルの紙を用意した。これについては、すぐに文章が浮かんできた。父の言動の奥にある愛情に気づくこと。自分が不完全な人間であるように、父も不完全で不器用な人間であることを理解すること。してもらっていることに感謝をすること。愛してもらうだけではなくて、自分から愛すること(父を喜ばそうとすること)。そしてその上で、イヤなことはイヤと伝えて、おたがいが居心地いい関係を築くこと。」これはまさに、これから夫に対してするべき考え方だ、と思った。働いてくれている夫。自分の人生のパートナーでい続けてくれている夫。自分は夫に対して感謝することを忘れていた。夫に対して、こんなに素直な考え方ができるのは初めてかもしれない。これは父に感謝できたことと関係があるのかもしれない。今日は夫に感謝の言葉を伝えよう。そんなことを考えているうちに、外が薄暗くなりかけていることにA子は気がついた。思えば、今日は家事らしきことをほとんどしていない。朝の9時ごろB氏に電話してから、1日中自分と向き合っていた。「晩ご飯の用意、どうしよう?」


そう思った時に、息子が帰ってきた。


息子「ねえ、お母さん聞いてよ!」


A子「どうしたの?何かいいことあったの?」息子「C君知ってるでしょ。実は昨日、C君に公園でボールぶつけられたんだ。」「あっ、あー、そうなの。C君って、あなたを一番いじめる子だよね。」


息子「さっき公園から帰ろうとしたらC君が公園に来てさー。で、『いつもいじめててごめんな』って言ってくれたんだ。」


A子は「そうだったの!」と言いながら、まるで奇跡でも体験しているような気持ちになった。そして、心から感謝の気持ちが湧いてきたのだった。夕食の準備をするより息子と話そうと思い、出前を取った。出前が届くまでの間、A子は息子に次のようなことを伝えた。「今まで、あなたのことに口出しをし過ぎてごめんね。これからは、なるべく口やかましくしないように気をつけるからね。そして、お母さんの助けが必要な時は、いつでも遠慮なく相談してね。あなたのことを信頼してるからね。」


息子は本当に嬉しそうな顔をして、「わかった、ありがとう」と答えた。やはり息子は、母親に信頼してもらいたかったのだ。「今日は、なんか変だなー。いいことが続くなー。」と息子が続けた。


A子も幸せな気持ちになった。間もなく出前が届いた。


A子「お母さんは、お父さんが帰ってくるのを待つから、先に食べてね。」


息子「えっ?どうしたの?いつもは先に食べるのに。」


A子「今日は、お父さんといっしょに食べたい気分なのよ。お父さん、お仕事頑張ってくれて、疲れて帰ってくるからね。一人で冷めた親子丼たべるの、寂しいでしょ。」


息子「じゃー、僕もお父さんといっしょに食べる!三人で食べる方が楽しいでしょ。」


A子「ほんとうにあなたは優しい子ね。お父さんに似たのね。」


息子「なんか変だなー。いつもお父さんのことを、『デリカシーがない』とか言ってるのに。」


A子「そうよね。お母さんが間違ってたのよ。お父さんは、優しくて男らしくてたくましくて、・・・男の中の男よ。」


息子「勉強しないと、お父さんのような仕事くらいしかできなくなっちゃうんでしょ?」


A子「ごめんね、それもお母さんが間違ってたのよ。お父さんの仕事は立派な仕事。世の中の役に立ってるのよ。それに、お父さんが働いてくれてるおかげで、こうやってご飯食べたりできるんだからね。お父さんの仕事に感謝しようね。」


息子「お母さん、本当にそう思う?」


A子「うん、思うよ。」


A子がそう言った時の息子の笑顔は、その日で一番嬉しそうな笑顔だった。子どもは本来、親を尊敬し、親をモデルにして成長する。A子の言葉は、息子に対して、「お父さんを尊敬してもいいよ」という許可を与えたことになる。息子はそのことが何よりも嬉しかったのだ。しばらくして夫が帰って来て、三人で冷めた親子丼を食べた。自分の帰りを待っていてくれたことが嬉しかったのか、夫も上機嫌だった。冷めた親子丼を「うまい、うまい」と言いながら食べていた。夫が風呂に入っている間に、息子が眠りについた。


A子は息子の寝顔を見ながら、心の中で「ありがとう」を唱え始めた。その言葉の影響なのか、心の底から感謝の気持ちが湧いてきた。『この子のせいで私は悩まされてると思ってきたけど、この子のおかげで大切なことに気づけた。本当は、この子に導かれたのかもしれない。』そう思っていると、息子が天使のように見えた。いつの間にか、涙があふれてきた。(ほんとに今日は、よく泣く日である)間もなく電話が鳴った。出てみるとFAXであった。母の字で次のようなことが書いてあった。

                                                                                                            • -


A子へ 今日のことお父さんから聞きました。お父さん、話しながらいていました。お母さんも嬉しくて涙が出ました。お父さんは、「70年間生きてきて、今日が一番嬉しい日だ」と言っています。晩ご飯の時に、いつもお酒を飲むお父さんが、「酒に酔ってしまって、この嬉しい気持ちが味わえんかったらもったいない」と言って、今日はお酒を飲みませんでした。次は、いつ帰ってきますか。楽しみにしています。母より

                                                                                                              • -


「晩酌を欠かしたことがない父が、お酒を飲まなかったなんて。」自分が伝えた言葉が、父の心をどんなにか幸せな気持ちで満たしたのであろう。A子の目からは、またもや涙があふれていた。「どうした?泣いてるのか?」風呂から出てきた夫が聞いてきた。

A子は、その日起きたことをすべて話した。朝、B氏に電話をかけたこと。午前中は、父への恨みつらみを紙に書きなぐったこと。午後、父に電話して和解したこと。「そうか、お父さんも泣いてはったか。」夫も、目に涙を浮かべながら聞いてくれた。そして、息子がいじめっ子から謝られたこと。「ふーん、不思議なこともあるもんやな。Bさんのやり方は、俺にはよくわからんけど、おまえも楽になったみたいでよかったな。」続けてA子は、泣きながら夫に謝った。そして夫も、泣きながら聞いたのだった。


次の日、A子はB氏に報告して、心からのお礼を伝えた。朝一番で夫からも電話を入れていたようだ。


B氏「ご主人からも電話もらいました。お役に立てて何よりです。あなたの勇気と行動力を尊敬します。さて、これからが大切です。毎日、お父さまとご主人と息子さんに対して、心の中で『ありがとうございます』という言葉を100回ずつ唱える時間を持って下さい。それから、おすすめの本があります。後で、何冊か選んで、そのリストをFAXしておきますので、ぜひ買って読んでみて下さい。」


その日の夕方のことである。「ただいま!」元気な声で息子が帰って来た。「お母さん、聞いて!今日ね、友達から野球に誘われたんだ!今から行ってくるから!」


息子はグローブを持って飛び出していった。


A子の目には、またもや涙がにじんでいた。声が詰まって、「行ってらっしゃい」の一言が言えなかった。(THE END)



“アカシック判定”