フロイトが発見したマナ識 M5621

フロイトが発見したマナ識




八識のアラヤ識 と九識のアマラ識には宗派により諸説があり、混乱してしまいます。 アラヤ識と遺伝子の関係も説明して下さい。という質問がありました。見慣れない言葉ですから、混乱している人もいると思います。ミクロの命数にも、アラヤとアマラがありますから、混同しますね。これらは、自己啓発や能力開発で良く使われている潜在意識のことです。しかも、通常使われている潜在意識はフロイトが発見したマナ識のことで、このレベルまでの説明はありません。

 
フロイトの弟子のユングはアラヤ識の集合無意識まで到達していて、フロイトとの見解の相違で、仲たがいしています。ユングは東洋の哲学も研究しているので、深いレベルまで到達できたのだと思います。通常、潜在意識は氷山の図で説明されています。氷山の図で、表面に出ている顕在意識が10%程度で、90%が潜在意識になり、その能力も何倍も優れていると説明があります。八識のアラヤ識 と九識のアマラ識は、深層の潜在意識のことで、10倍〜20倍以上も優れている本当の潜在意識のことですから、しっかり理解してくださいね。

 
神様からの贈り物 その5

  
今の瞬間に生きる奥義!!八識のアラヤ識は、「蔵」という意味で、地球上に生命が誕生した30億年以上にものぼる過去を記憶しています。もちろん、私達が生まれてからの記憶も保存されています。ですから、遺伝子のDNAと非常に類似しているのです。アラヤ識はあらゆる行為を種子として溜めこむだけではなく、現在を生み出す源であると考えられていますから、これもDNAと同じ働きをしていることになります。私達は好き勝手に生きているようですが、実は全ての行動を遺伝子に制限されています。本能とは、遺伝子によって動物にインプットされたプログラムでもあります。

 
人間のとる行動の原因、食欲、睡眠欲、幸福感、不快感、恋愛感情に至るまで、全ては遺伝子のプログラムによるものです。私達は遺伝子に支配されていると言っても過言ではありません。同様に、アラヤ識⇒マナ識の一連の過去の記憶に私達は支配されているのですから、遺伝子の支配と同じことが言えるのです。私達の思考は自分で考えているようでも、ほとんどが過去の記憶に支配されています。自我やエゴの支配などもアラヤ識⇒マナ識の記憶からくるものです。

 
さらに、地球上のすべての生物のDNAは同じで、みなつながっていることがわかっていますが、アラヤ識のレベルでは、すべての生命はつながっており、一体であるという意識になっていますから、これも同じです。これらのことから八識のアラヤ識 と遺伝子DNAは非常に類似していて、同じものとみなしてもいいと思います。さて、第九識のアマラ識は根本清浄識とされ、人が生きることの素晴らしさを根底から支えている、宇宙生命それ自体をさしています。たえず変化してやまない「心」を根源まで掘り下げていけば、第九識という、清浄な不変の大いなる生命につきあたることを示しているのです。

 
善悪のエネルギーが渦巻く八識の生命は、この第九識への回路を開くことによって、一気に善のエネルギーへと変えて行くことができるのです。と、前回説明しました。このことからも、第九識のアマラ識のエネルギーは、ほとんど神のように万能であることがわかります。この説明に関して、幾つかの文章を紹介します。


要するに「生命の根源の力」とは、人間が第七識の自我を克服し、第八識にたまった宿業を打破し、第九識に達したとき、セキを切ったようにいっきにあふれ出てくるのだ。ちょうど石油を掘るのに、削岩機が岩盤を突き抜けて、油層にぶっかると原油が凄い勢いで噴き出てくるようなものだ。いままで押さえつけられていたのが、宿業の壁を破ったとたん、想像もつかない力でほとばしり出る。これが生命力なのだ。この力が出るようになると、私たちに不可能なことはなくなる。


この本当のあなた(仏性)を真我と言い、仏教では第九識の奄摩羅識(アマラ識)にあたります。その上が「乾栗陀耶識(仏識)」とも名付ける最高の覚り(悟り)の、意識の領域(仏覚、無上覚)で仏の世界です。しかし、幾多の人生を転生して行くうちに、第七識の末那識(マナ識)が形成されてしまい煩悩が生み出され、第八識の阿頼耶識(アラヤ識)に業(カルマ)が記憶(記録)されてしまったのです。 第九識の奄摩羅識(アマラ識)以上の超意識は潜在意識、深層意識のまだ奥深くに隠されていて、普通の状態では表には出て来ません。


さらに、意識には上位に行くほど、優位に立ち威力を発揮する性質があります。第六:意識<第七:末那(まな)識<第八:阿頼耶(あらや)識<第九:奄摩羅(あまら)識<第十:乾栗陀耶識(仏識)。ですから、第九:奄摩羅識(アマラ識)である「真我」を開発して表に出て来るようになれば、第八:阿頼耶識(アラヤ識)は表に出て来なくなるのです。そして、第十識:の仏覚に至れば、阿頼耶識(アラヤ識、カルマ)は消えて無くなります。

 
そうです、本来の釈尊の教え(仏教)は、如何(いか)にして第九:奄摩羅識(アマラ識)である「真我」を目覚めさせ、業(カルマ)を消し、転生輪廻から解脱を果たし、仏覚に至る事で第八:阿頼耶識(アラヤ識)を無くしてしまうのかを説かれた教えなのです。

 
ここでは、第十識についての説明もありますが、この領域は「涅槃寂静」のことだと思います。


なるほど「今の瞬間に生きる!」と言うことは、第九識のアマラ識に到達することだったのです。今の一瞬に生きる!ということは、時間が止まって思考が停止する状態のことでもあります。何も考えられない!という意味での「思考停止」ではなく、自分の意識に流れている膨大な思考が止まるのです。ミクロの命数で、アマラ識に到達すると、至福の状態になり、時間が止まって思考が停止するのです。これで、すべてがすっきりしました。


誰もがかんたんには到達できませんが、渦を巻いているアラヤ識を通過して、アマラ識に到達するには、ラセンの渦巻きが必要なのです。さらに、ミクロの命数の意味からも何重もの往復での浄化が必要なのです。16〜18⇔9⇔20⇒21清浄⇔22アラヤ識⇔23根本清浄⇔24と、22のアラヤ識が21の清浄と22の両方の清浄にさまれているのも浄化が大切で、六根清浄のダブルパンチで浄化をしなければという意図が伺えます。

 
降龍⇔昇龍の何度もの往復で、22のアラヤ識を浄化するのです。

 
今年は、平成22年ですから、アラヤ識の浄化はぴったりとシンクロしています。アマラ識に到達して、アラヤ識の浄化こそが、マナ識の浄化も
完璧に行われるのですこれこそ世紀の大発見になります。今という漢字の部首は上の部分の「ひとがしら・ひとやね」の「人」と、その下にラ行の「ラ」で成り立っています。

 
人+ラ→今

  
五十音のラ神は、入り来る浸透力を担当するそうですから、「ラ」は渦巻きのラセンの「ラ」でもあり、阿頼耶(アラヤ)の「ラ」、阿摩羅(アマラ)の「ラ」でもあります。ラ行を唱えると相乗効果で、深い奥のアラヤ識やアマラ識、そして、「涅槃寂静」まで浸透し、調和して、念願が叶えられる!という暗示なのかも知れません。
 

五十音の第九番目の「ラ行」の意味は、ラリルレロは龍神の言霊で、螺旋(ラセン)、渦巻く事。ラ行は龍神の働きで、ラリルレロは蛇に関係がある!


常に「ラ」は「進化の流れ」をその意味合いの中に含んでいて、ラ神は、ラ神の合成音 アラーは自己(吾)の中の、渦すなわち進化である。


「ラ行」は、新しい時空を開く光波であり、新しい現象螺旋を展開していく。ちなみに「ラー」は古欧では光、太陽を意味する。


ヤ行の時代まで裏面、または内側であったものが、ラ行時代になって「表」または「外」に顕現します。


これまで裏側に隠れていたものが表側に出て、内部に隠れていたものが外部に姿を現すという意味です。


ヤ行時代では、はたらきが軽減されていたラ行の表言霊(ラ行音を含む名前、地名など)が、いよいよラ行時代になったということで、ラ行の霊威である「回転・流動・変革・衝動」「火の霊性」などが、前項までのラ行時代摂理と複合作用を起こして、面白いように具体化していきます。

 
ラリルレロは龍神の言霊で・・・と、龍神が出てきました。

 
五十音の第九番目の「ラ行」、と第九識のアマラ識は、今の瞬間でつながりました。螺旋(ラセン)、渦巻く事、ラ行は龍神の働きで、ラリルレロは蛇に関係がある!と言うことですから、遺伝子にも関連性があります。

 
ラセンと言えば、DNAですが、DNAを完全に活性化すると本当の自分自身に戻ります。イエス・キリストも仏様もそれを行いました。現在、インドにも自分自身のDNAを完全に活性化した人がいます。これまでほとんどの人が、遺伝子は生まれたときからずっと変わらないと考えてきました。しかし、村上教授の遺伝子研究では、遺伝子は人の強い「想い」などで変化し、その働きを変えることが実証されているいるのです。

 
私たちの持っている遺伝子はON/OFF機能を備えておりさまざまな要因によって、このスイッチが入るようになっていると、教授は教えてくれています。心で何をどう考えているかが遺伝子の働きに影響を与え、病気になったり健康になったりする。それだけではなく、幸せをつかむ生き方ができるかどうかも、遺伝子の働きによると考える学者もいます。

 
幸せに関係すると考えられる遺伝子は、誰の遺伝子にも存在しているはずです。その遺伝子をONにすればよいのです。今まで眠っていてOFFになっていた遺伝子を起こし働かせることです。30億の膨大な遺伝子情報を持ちながら、そのほとんどはOFFの状態にあるということですから、どのようなことにも可能性が出てくるのです。

 
無限と思ってもなんの差し支えもありません。人間の可能性が無限であるという考え方は、私たちの脳が「可能と思ったこと」は可能だということです。世の中では奇跡が時々起きます。奇跡とは大半の人が「不可能」と思う事が「可能」になることです。しかし遺伝子的には奇跡もプログラムのうち。私たちは皆「奇跡の人」の可能性を持って生まれてきているのです。「自分はダメだ」と思っている限り、遺伝子は作用しません。

 
タバコを吸ってもガンにならない人、吸わなくてもガンになる人。ガンになっても治る人、治らない人。それは、遺伝子の作用が大きく関わっています。


ガンになりつつある細胞を攻撃する遺伝子をONにする!

 
病気になった時、病気の遺伝子をOFFにして、元気になり、死なないという遺伝子をONにする!

 
頭脳が明晰になり、エネルギーが全身にみなぎる遺伝子をONにする!

 

健康で元気になり、老化を防ぎ、美人になり、理想体型になり、頭が良くなり、と、つまり、悪い遺伝子が働きをやめて、良い遺伝子が働き出せば良いのです。これらのことが、第九識のアマラ識に到達して、八識のアラヤ識を浄化することにより、可能になるのです。ミクロの命数で、可能になるのです。
 
 
瞬息⇒弾指⇒刹那⇒六徳 ⇒ 虚空 ⇒ 清浄 ⇒ 阿頼耶 ⇒ 阿摩羅 ⇒ 涅槃寂静